第2回 日蓮聖人の出家|清澄寺で始まった修行と学問の志

日蓮聖人のご生涯の中で、大きな転機となった出来事のひとつが「清澄寺での出家」です。幼い善日麿(のちの日蓮聖人)は、仏教の教えを深く学ぶため、安房国にある清澄寺へと向かいました。
ここでの修行と学びが、後に法華経の教えを世に広めていく日蓮聖人の人生の土台となっていきます。今回は、善日麿が清澄寺で仏教の道へ進む決意をされた頃のお話をご紹介します。
この記事を書いた人:お坊さん(ご相談担当)
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清澄寺での入門と初等教育
善日麿は12歳の時(1233年)、初等教育を受けるために安房国の清澄寺(せいちょうじ)に登りました。
当時の清澄寺は天台宗の寺院で、道善房(どうぜんぼう)を師匠とし、先輩の浄顕房や義浄房から学問の手ほどきを受けました。
日蓮聖人の出家(得度)と法名
16歳の時(1238年)に道善房を師匠として出家(得度)しました。
- 法名:出家にあたって是聖房蓮長(ぜしょうぼう れんちょう)と名乗りました。※「是生房」と記される資料もあります。
- 幼名:それまでは「善日麿(ぜんにちまろ)」あるいは「薬王麿」と呼ばれていました。
出家の動機と誓願
少年時代の日蓮聖人は、当時の社会や仏教の現状に対して強い疑問を抱いていました。
- 社会への疑問:自分の誕生前年に起きた承久の乱において、真言密教の祈禱を頼りにした朝廷方が幕府軍に敗れたのはなぜかという点。
- 仏教への疑問:仏教界になぜ多くの宗派が分立し、互いに争っているのかという点。
- 誓願:清澄寺の虚空蔵菩薩に、「日本第一の智者となし給え」という願を立て、既存の宗派に盲従することなく、自ら一切経(全ての仏教経典)に取り組む主体的な研鑽を開始しました。
虚空蔵菩薩から智慧の宝珠を授かった伝承
虚空蔵菩薩に「日本第一の知者」となることを祈願した日蓮聖人。修行の三七日(21日)満願の日に、知恵と記憶を授ける大宝珠を虚空蔵菩薩から授かったと伝えられ、この記憶力が立教開宗の基盤になったとされています。
日蓮聖人の出家ゆかりの地

大本山清澄寺
〒299-5505
千葉県鴨川市清澄322-1
清澄寺は、日蓮聖人が幼少期に修行されたお寺として知られています。房総の清らかな山中に建つ歴史ある寺院で、日蓮聖人が仏道の志を深めた場所として、多くの参拝者が訪れています。
まとめ
善日麿が清澄寺に入り修行を始めたことは、日蓮聖人のご生涯の中でも大きな出発点となりました。仏教を学びながら、「本当に人々を救う教えとは何か」を真剣に考え続けたその姿勢が、後の大きな使命へとつながっていきます。
この清澄寺での修行が、後に日蓮聖人が「法華経こそ人々を救う教えである」と確信していく長い求道の始まりでした。
次回は、日蓮聖人が各地へ遊学し、さまざまな仏教の教えを学びながら、真の教えを探し求めていくお話をご紹介します。







資格:日蓮宗僧侶・霊断師
資格:最上稲荷修法師・霊断師










